2021.4.2 12:00

【ベテラン記者コラム(128)】角田のF1デビューに感じる幼い頃の憧れの意味

【ベテラン記者コラム(128)】

角田のF1デビューに感じる幼い頃の憧れの意味

特集:
角田裕毅
記者コラム
アルファタウリ・ホンダの角田裕毅

アルファタウリ・ホンダの角田裕毅【拡大】

 自動車のF1世界選手権が先週、バーレーンで開幕。7年ぶりに誕生した日本人ドライバー、角田裕毅(20)=アルファタウリ・ホンダ=が3月28日の決勝で9位に入った。日本人レギュラードライバーのデビュー戦入賞は史上初の快挙だ。

 予選は13番手。決勝も1周目で15番手に落ちたが、果敢に追い上げた。途中、元2冠王者のフェルナンド・アロンソ(スペイン=アルピーヌ・ルノー)ら3人の元世界王者を次々に抜いた。

 「フェルナンドを抜いたのは感動的な経験だった」と角田。父親がアロンソのファンで、4歳でカートを始めた彼自身も「走りを見て育った」というスーパースターだ。16年のレース人生の集大成だったともいえよう。

 13年ほど前の日本GPでアロンソの走りを生で見たというから、30年ぶりに静岡・富士スピードウェイでF1が開催された2007年か。当時はアロンソと新人だったルイス・ハミルトン(英国=現メルセデス)がトップチームのマクラーレン内で対立していた。大雨に見舞われた日本GPの決勝では、ほとんどパレードラップ状態でハミルトンが優勝し、アロンソが2位。雨の影響もあって観客送迎バスが大混乱をきたし、のちに訴訟が起こる事態となった。幼い角田は、あの混雑の中で苦しんだのだろうか。

 1987年、鈴鹿サーキットで初開催された日本GPを観戦していたのが、当時10歳だった佐藤琢磨。アイルトン・セナ(ブラジル)に憧れ、モータースポーツのつてがない中で自転車競技を選んで自らを鍛え、やがて夢を実現していった。

 80年代終盤からのF1ブームは、角田少年がカートを始めた2000年代初頭には過ぎ去っていたが、この間にモータースポーツを愛好する人が増え、親が子供にカートを経験させる機会も増えた。自動車メーカーが若手ドライバー育成に力を注ぐなどの環境もあり、アロンソに憧れた角田が最高峰に到達した。幼い頃の「憧れ」がいかに大きな意味を持つか、しみじみと感じさせられる。

 角田について、F1の競技運営責任者、ロス・ブラウン氏は「ここ数年で最高の新人」と評価。アルファタウリを含むレッドブル・グループのドライバー育成責任者、ヘルムート・マルコ氏は「日本人初の世界王者になるだろう」とした。

 かつてドイツでは、7度王座を獲得したミヒャエル・シューマッハーの登場でF1の人気が急上昇、後を追ったのが4冠王者のセバスチャン・フェテルらだ。将来、角田に憧れた日本の子供たちがカートに取り組み、やがて…。美しい桜の下、そんなことを想像し、ワクワクする思いが止まらない。(只木信昭)