2021.1.4 12:00

【ベテラン記者コラム(91)】青学大・原監督、覚悟の“脱サラ”で箱根に挑んだ異色の名将

【ベテラン記者コラム(91)】

青学大・原監督、覚悟の“脱サラ”で箱根に挑んだ異色の名将

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青学大・原晋監督

青学大・原晋監督【拡大】

 王者の意地を示した。第97回東京箱根間往復大学駅伝で、前回総合優勝の青学大は、往路12位の不振から2年ぶり6度目となる復路制覇で挽回して4位となった。原晋監督は昨年12月末に疲労骨折が判明し、予定していた3区に起用できなかった神林勇太(4年)に謝罪。9区の給水係を務めた主将に、「走らせてあげたかった。スタートラインに立たせることができず、指導者として申し訳ない。カリスマ営業マンになってくれると思う」と声を詰まらせ、サッポロビールに内定している教え子にエールを送った。

 中京大出身で箱根未経験の指揮官は、中国電力での社会人1年目に右足首を痛め、5年で選手をあきらめざるを得なかった。その後は10年間、営業職として働いた。知人が青学大の指揮官に推薦すると、「駄目な男でも存在価値を認めてもらいたい」と一念発起。会社を退社した。 

 中国電力でのサラリーマン時代には、省エネ空調エアコンの売り上げナンバーワンになり、新規事業も立ち上げるなど、“伝説の営業マン”として知られていたという。2004年4月に監督就任した当初、3年間は嘱託職員だった。3年目の予選会で16位に沈み、特別スポーツ推薦枠が8人から1人に減らされた。「箱根を走っていない、ど素人に何ができるのかと周りは思ったはず」。数人が退部し、廃部の危機に陥った。

 それでも営業マンのすご腕を生かした勧誘で好素材が集まり始めた。長野・菅平高原での夏合宿中、愛知・中京大中京高2年だった神野大地をいち早く発掘。チーム改革が実を結び15年1月、青学大は1918年の創部以来、初の総合優勝を果たした。創部97年目での快挙となった。山上りの5区では神野が区間賞を獲得。2位以下に大差をつけスタートした復路も7区から3連続区間賞の離れ業で突き放した。往路、復路、総合の3つを制す完全Vだった。

 「山の神」となった教え子は、「(原監督は)ギスギスしていなくて明るい。こういう監督の下でやりたいと思った」と振り返る。原監督は寮母を務める妻・美穂さんと学生寮に住み込み午前5時に起床し、午後10時には就寝。選手の心をつかみ、「どんな彼女がいるかも知っている」と苦楽をともにしてきた。

 結果が伴い、大学側の支援も増した。相模原キャンパスにはトラックとクロスカントリーコースが完成。水風呂やストレッチルームが設置されるなど、施設面も大幅に改善された。人心掌握術は企業勤めがあったからこそだろう。覚悟の“脱サラ”で箱根に挑んだ異色の名将が、青学大の名を日本全国に売り込んだ。(江坂勇始)