2020.6.26 12:00

【ベテラン記者コラム(9)】スーパースター、モンタナに魅了され…

【ベテラン記者コラム(9)】

スーパースター、モンタナに魅了され…

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ベテラン記者コラム
ジョー・モンタナ

ジョー・モンタナ【拡大】

 当コラムに先日掲載された奥村展也記者の「レナウン経営破綻でローバーズを思う」を読んで、当時の記憶がありありとよみがえった。

 米プロフットボール、NFLのスーパースターだったジョー・モンタナが、ノートルダム大時代以来、2度目の来日を果たしたのが1989年6月。当時、春季日本実業団選手権として開催されていたパールボウルの特別ゲストとしてだった。

 49ersのエースQBだったモンタナは、その年1月のスーパーボウルで残り3分20秒、自陣8ヤードから逆転TDに持ち込み、優勝の立役者となった。11回92ヤードの攻撃シリーズは今も「ザ・ドライブ」と語り継がれる。東京都内のホテルで行われた来日記者会見では、まだホットだった偉業に関する質問が相次いだ。

 地方支局から6月に異動したばかりの私も出席し、運動部に来て初めて長めの記事を書いただけに、強く記憶に残っている。帯同した妻のジェニファーさんが妊娠中と聞き、会見後の軽い立ち話で「近くに水天宮という安産の神社がある」と話すと、「ありがとう、行ってみるよ」と笑顔で答えてくれた。スーパースターのオーラと気さくな人柄に魅了された。

 正直に言うと、当時はフットボールをよく知らなかった。中学時代、NFLのヘルメットが印刷された文具がはやり、クラスメートが学校に持ってきていたが、特に興味も持たなかった。

 だがこの会見の後、国内での米大学公式戦「コカ・コーラボウル」で本場のプレーを生で見る機会を得たこともあり、面白さにのめりこんだ。国内の試合にもできるだけ足を運ぶようになった。当時やっていたパソコン通信で自分のハンドルネームを「もんたな」としていたのも懐かしい。思えば、一人のスーパースターが私をフットボールファンにしたといえる。

 モンタナが再びパールボウルのゲストとして来日したのは91年。当時はNFLや米大学の有力選手を招待したボウルゲームが複数開催されるなど盛り上がったが、バブル崩壊後は下火に。不況でローバーズは解散し、オークスは会社の手を離れてクラブチームになり、NFL日本人選手第一号はまだ生まれていない。

 バスケットボールでは八村塁(22)=ウィザーズ=の登場で日本人のNBAへの関心が高まり、Bリーグの人気も右肩上がりだ。八村に負けず、日本中の視線を集め、新たなファンを生み出すフットボール選手の台頭を心待ちにしている。(只木信昭)