2020.11.19 12:00

【ベテラン記者コラム(71)】異例のシーズンで思い出す古閑美保の逆転賞金女王

【ベテラン記者コラム(71)】

異例のシーズンで思い出す古閑美保の逆転賞金女王

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賞金女王カップを手に笑顔の古閑美保

賞金女王カップを手に笑顔の古閑美保【拡大】

 ゴルフの国内ツアーは例年ならば最終盤を迎え、賞金王&賞金女王争いやシード争いがヒートアップしている時期である。しかし、コロナ禍で来季と統合された異例のシーズンは、まだ序盤戦といったところだろう。

 女子は今月26~29日の「JLPGAツアー選手権リコー杯」で今年の日程を終える。いつもなら最終戦となる「リコー杯」ではこれまで数々のドラマが起きたが、取材をした中で最も劇的で、忙しかったのが、古閑美保が大逆転で初の女王に輝いた2008年だ。

 賞金ランキング3位で迎えた最終戦。同1位の李知姫を約2200万円差で追う古閑は、優勝と李の9位以下が女王への絶対条件だった。最終日は16番(パー3)終了時点で、2組後ろで回っていた首位の全美貞とは4打差。全と同じ組の不動裕理とも1打差あった。17、18番(ともにパー4)を連続バーディーでホールアウトしたが、誰よりも古閑本人が優勝を諦めていた。

 「15番のリーダーボードで差を確認して、優勝はないと思った。あとは悔いが残らないように、やれることをやろうと」

 だが、勝負ごとに絶対はなかった。全は17番でボギーを打ち、18番はグリーン右バンカーからの3打目を“ホームラン”してまさかのダブルボギー。不動も入れば優勝の1メートルのバーディーパットを外し、返しの1メートルも失敗。李は10で終わり、土壇場で古閑の優勝と賞金女王が決まった。

 その瞬間をクラブハウスのテレビで見届けた大興奮の古閑は転げるように外に出てきた。「優勝できるなんて思っていなかったし、賞金女王なんてとてもとても…。信じられない」。古閑と李の差はわずか120万円。李はボギーとした18番をパーで上がっていれば7位タイで韓国選手初の女王になっていた。

 最終戦の優勝で逆転女王となったのは1995年の塩谷育代以来、史上2人目の快挙。そこからが、こっちは大変だった。「古閑ちゃん無念」なんて書き始めていた原稿は全部ボツ。人気者の古閑の戴冠で紙面は1~3面の大展開となり、プレスルームを出たのは午後11時だった。

 古閑は2011年に29歳で引退。その後は「絶対に出ない。興味ないから」と話していたバラエティー番組にも数多く出演するようになった。明るいキャラはテレビ向きだが、それも女王のタイトルがあればこそ可能だった天職への転職。そのことは古閑もちゃんと理解し、「賞金女王になってよかった。大きいですよ。女王の看板は」と話していたことがある。

 1年後の「リコー杯」では、どんな女王が誕生するのか。2008年を超えるドラマが見てみたい。(臼杵孝志)